隊長と俺
〜その4・アンタの気持ちが揺れている〜


 

ORB軍本部特別警務室室長補佐・兼准将付という、お役所関係にありがちな、やたら長ったらしい
肩書きを持っているアスランさん。

いつまで経っても、仕事の上では苦労の種につきまとわれているようです…




「おはよう…いつもの通り、ORBジャーナルとプラント・タイムスをもらえるかな?」

「あら、おはようございます。隊長」

「隊長って…その呼び方は止めてくれないかな?」

あら、ザラ室長補佐よりも、隊長の方がお呼びしやすいですわ。実際、ヤマト准将の警護隊長なのですから、間違いではありませんでしょう?」

「それはそうだが…どうも…過去のイメージがなぁ」

「そうなのですか?でも、いつまでも過去を引きずってはいられませんでしょ?毎朝、ORBとプラントの新聞をお買いになってらっしゃるからおわかりでしょうけど、時代は動いていますのよ」

「うむ…」

「それにしても、相変わらずお早いですわね」

「あぁ、今日も朝から打ち合わせだ…というか、キラ…いや、ヤマト准将が長期不在では、どうしても俺に仕事が回ってきてしまうからなぁ」

「隊長も、大変ですわねぇ…ただでさえここのオフィスは、ORBとZAFTが同居しているというのに」

「そうなんだよ…まったく…気の休まる暇がない」

「でも、お帰りになれば、可愛い子犬君が待っているのではありません?」

「こ、子犬!?ウチには子犬など…あぁ、シンのことか。いや、アイツの場合は可愛い子犬というか…何なんだろうな…少なくとも、可愛いというのは合ってないと思うのだが」

「あら、そうでしょうかしら、オホホホ…」

「何なんだ、その意味深な笑いは…?」




売店のお姉さんが言うとおり、アスランさん…いえ、隊長の勤める警務関係の部署がある
オフィスは、ORB軍とZAFT軍、それぞれの警務部署が同居した形となっています。
考え方によっては、「そんなのあり得ないよ」とも思えますが、今現在、それぞれの国を
治めている人物が、“あの”カガリさんとラクス様ですら、問題はないのかもしれません。
というより、その方が何かと都合がいいのかもしれません…


さて、ORBとZAFT、それぞれの有力紙を買い求めた隊長が、自分のデスクへ向かおうとすると…




「やぁ…おはよう、アスラン。いや、ザラ隊長」

「あ、おはようございます。議長…じゃなかった、デュランダル政務次官」

「どうしたね?相変わらず、浮かない顔だが?」

「相変わらず?いえ…そんなことはないと思いますが。まぁ、ORBにも色々と頭痛の種はありますから…」

「フフフ…いずれにしても、君のような有能な職員がいれば、ORBも安泰だろう。国の期待を一手に背負っているのが、私にもよくわかる」

「そうでしょうか」

「そうさ。どうせなら、また私の所に戻って来て欲しいくらいだよ。私なら、君を私の秘書官からスタートして、最終的には評議会議員…いや、さらにその上へと育てる自信がある」

「そ、それは…ありがたいお話ではありますがというか、何と申しますか…」

「フフフ、それは冗談さ。ところで、シンは元気にしているかな?」

「えぇ、まぁ…自宅待機が長く続いてますから、アイツの性格からして、少し腐り気味のようには見えますが…」

「うむ…確かにそうだろう。しかし、いずれにしても、彼の処遇はじきに発表される。もちろん、君が心配するようなものでは無いから、安心したまえ」

「はぁ。ありがとうございます」

「それまでは、せいぜい可愛がってやってくれたまえ。君の子犬君を。フフフ…」

「はぁ…」
(だから、子犬君じゃないだろ、アイツは…どう見ても)




以前のように、国家のトップに君臨はされていませんが、政務次官としてプラント国政の
重要なポジションに就かれている、ギルバート・デュランダルさん。
「えっ!?デュランダル(元)議長は、最終決戦で亡くなられたのでは?」という疑問は、
お持ちになりませぬよう…

運命の歯車は、誰に対しても皮肉に回るものなのです。




(どれどれ…相変わらずメールが溜まってるな。キラ宛の差出人は?…内閣府官房長官に外務省事務次官に国家保安委員会委員長に、それから、ORB放送協会会長に経済同友会会長に…やれやれ、本文を読む前から、ズーンと気の重くなるような相手からばかりだな…というか、内容が国家の機密事項に関わるものばかりじゃないか。まったく、全ての対処を俺に任せるなんて、卑怯すぎるぞ、キラ…)


アスランさんのストレスの原因は、どちらかというとシン君ではなく、キラさんの方に多く起因しているようです。


(ん?デュランダル政務次官から、これは俺宛だな…『執務が定時で終わるようだったら、スパルームで身体を休めていかないかね?』…ストレスを解消するどころか、逆に増やしに、スパルームなんて行けるか!…とは言っても、行かないわけにもいかんか…………あ、また抜け毛が…………もう、勘弁してくれ…)


アスランさんのストレスは、ある意味自業自得といったような気も致します。




結局、早々に仕事を片付けてスパルームへと足を運ぶことになったアスランさん。
やはり、相手が誰であろうと、つきあいをおろそかにすることはできません。




「君も来ていたのか…ルナマリア」

「えぇ、仕事の疲れを癒すのは、これが一番ですから。それに、ここは水着着用ですから、男女の区別無く入れますしね。そうでわね、政務次官」

「あぁ。上下関係の区別もなく入れるしね…時に、アスラン?」

「はい」

「君の住んでいる職員住宅だが、確か、庭に家庭菜園用のスペースがあったのではないかね?」

「えぇ…そうおっしゃられると…確かにあります。しかし、放りっぱなしで雑草が生えていますが」

「どうだね、家庭菜園でも始めてみては?シンも、とにかく身体を動かすことがしたいのだろうから、しばらくの間、彼に栽培を任せれば何とかなるのではないかね?」

「そう、ですね…そうか…」
(確かに、花壇に水をやるのは、全部アイツが自発的にやっていたな…案外、植物を育てたりするのが好きなのかな?)





(ふむ…とりあえず、野菜の種と果物の苗を数種類ずつ買ってみるか。アイツは、確か食べ物の好き嫌いは無かったな…というか、なぜおあつらえ向きに、オフィスの売店で植物の種まで売ってるんだ、ここは?)




あまりの都合の良さに、「裏に何かあるのか?」と、隊長はつい余計な疑念を抱いてしまいます。
もちろん、それはだいたいにおいて『大当たり!』なのですが、それを知ってしまっては、抜け毛
どころの騒ぎでは収まらなくなってしまうでしょう。


さて、買い物を終えて急ぎ帰宅された隊長。
夜も近いというのに、早速庭で土いじりを初めてみたのですが…




「おかえんなさい、アスランさん…つーか、帰って来るなり何やってんですか?」

「何って、見ての通りだ。畑仕事さ」

「いや、それはわかるんですけど…いったい、どうしたんですか?」

「ん?せっかく家庭菜園があるんだから、野菜や果物を作らない手はないだろう?」

「そりゃまぁ、そうッすけど…アスランさん、仕事でマジ疲れてるんじゃないんですか?」

「そ、そんなことは…ないぞ…うーむ、結構固い土だな。ここは」

「ダメだなぁ、アスランさん…そんなへっぴり腰じゃ…オレに貸してくださいよ。オレが畑担当になりますよ。どうせ今はヒマだし。身体を動かせて食い物も育てられるんだから、一石三鳥くらいありますよ」

「ん?そうか…それでは…頼む」
(何だ、オレが頼む前からそう言ってきたか、コイツは…さすがは、政務次官だな。何だかんだ言って、コイツのことをよくわかってる)




夜遅くまでかかって、何とか菜園っぽい形を造れた二人。

アスランさんには、作業を続けるシン君の目が生き生きとしているのが意外だったようで…


「ふむ…ようやく何とか終わったな」

「ヘッヘー、オレがちゃんと土を掘り起こせたからッすよ」

「そうだな…それにしても、シン。俺は、お前にこんなことをやらせたら、お前は絶対に嫌がると思っていたのだが…」

「何言ってんですかアスランさん。キラさんが言ってたでしょ。『吹き飛ばされても、人はまた花を植える』っすよ。オレの座右の銘です」

「あぁ、そうか…そうだな…」
(やれやれ…今の俺の仕事をコイツに見せたら、座右の銘どころじゃなくなるだろうがなぁ…)




(ふぅ、やれやれ…慣れない畑仕事なんかをやってしまったら、身体中がおかしくなってるぞ…明日は、筋肉痛か?まったく、元パイロットらしくないな、俺も…一日家にいるコイツの方が元気なんだから、二年の年齢差というのは、結構大きいのか…?)




ついに年齢差まで考えてしまうようになるとは、思考が若年寄過ぎます。
アスランさん…

 

CASTER, 2006


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