隊長と俺
〜その3・アンタの背中が泣いている〜


 

さて、仕事に没頭していたアスランさんがふと手を休めていると、
時間はすっかり遅くなっておりました…




(あれ!?いつの間にかこんな時間に…シンのヤツ、どうしたんだ?腹減ったとかもう眠いとか、言ってくればいいのになぁ)




(あぁ、ピザを頼んであったのか…もう、すっかり冷めてしまっているってことは、昼飯に食ったのか?そういえば、今日はシンが食べる分の昼飯の支度をしておくのを忘れていたな…悪いことをした)




「おぉ、シン。外にいたのか」

「はい、花壇の水やりだけじゃなくて、草むしりもしていたら時間がかかっちまったッす」

「何だ、そこまでしていたのか…案外世話好きなのか、お前も?」

「うーん…そういうことなのかは、オレもよくわかんないですけど…」

「ところで、このピザは旨いな。すっかり冷めてるのに味が落ちてない」

「そりゃぁ、あの『マユピザ』だもん。旨いのは当たり前ッすよ」

「ん?『マユピザ』か?…あぁ、マユピザね。そうか…それなら、旨いのは当然だな」

「でしょ、ヘッヘー」


どちらかというと、人間の心理的な部分には鈍感…いえ、微妙にずれた感覚をお持ちと思われるアスランさんでも、『マユ』という名前からは、すぐに連想が働いたようです。


「まぁ、明日からは、オレがいない間にお前が食う分のメシくらいは、ちゃんと準備しておくからな。今日はすまんな」

「いえ…はい…すんません」
(だから、変なところで気ぃ遣いすぎなんだと思うぜ、アスランさんはよ…)




(さて、と。シンは先に寝かせて、俺はもう一頑張り…メールチェックでもしておくか…ん?キラからだな…どれどれ…)


アスランへ:

お疲れさま。
悪いけど僕、明日からしばらくの間、たまりにたまった有給休暇を消化することにしたので、事務処理の方はよろしくね。特別警務室の人が秘書官も兼任ってことにしておいたから、僕の担当は准将付のアスランね。その方が何かと頼みやすいしさー。まさか、一応の建前では僕より立場が上の、カガリに頼むわけにもいかないしね。エヘヘッ。

それから、シン君とは上手く行ってる?君のことだから、僕もそれほど心配はしてないけど、あの子、結構かわいい所があるよね。だからって、いつものアスラン病を出したらダメだよ?アスランには僕がいるってことは、当然わかってるよね?

それじゃ、後はよろしく〜。

キラ・ヤマト



(エヘヘッじゃないぞ、まったく…『アスラン病』ってのは、何なんだよ…いや、その前に、准将が有給休暇をまとめて消化って、一般職員じゃあるまいし…あぁ、いったい何なんだよこのメールは……………あ、また抜け毛が)


アスランさんの苦労は今に始まったことではありませんが、ストレスに起因する抜け毛にだけは、十分注意した方がよろしいでしょう。




ところで、アスランさんがPCの前で抜け毛を気になさっている頃、一方のシン君は…




(あーあ、何でだろ、家の中でたいして動いてもいないのに、妙に疲れたなぁ。シャワーも浴びたし、さっさと寝るかぁ…あ!そうだ、忘れてた!!)




慌ててシン君が駆け寄った先は、寝室を出て扉のすぐそばにある、水槽でした。


(オレばっか食うもん食って、お前たちにメシを食わせてやるのを忘れていたぜ。ゴメンなぁ。腹減ったろ?)


シン君が基本の部分で優しい性格であるのは、いつになっても変わっていないようです。




(あぁ、何でだろう。今日はたいして忙しくもなかったのに、妙に疲れているなぁ。シャワーを浴びて、さっさと寝るか…)


朝から夜まで、妙なところで思考がシンクロしているアスランさんとシン君。

その波長がピタリと合ったときに、何か大きな事件が起きるような気もしないではありません…




(決して狭くはない家なのに、寝室にはダブルベッドがひとつだけ、か…家からほとんどの家具に至るまでが本部の支給品というのは有り難いが、何を考えてベッドを一台にしたんだ?)


「ん…アスランさん…アスランさん…」

「どうした?シン」

「うぅん…むにゃ…アスランさん、オレ、アンタのこと…」


(何だ、寝言か…それにしても、俺のことを何だって?)


「…うにゃぁ…オバちゃん、オレ、ライス大盛り…」


(はぁ………所詮は、寝言か……)




(ベッドが一台しかないとは言っても、寝ないわけにはいかんしな。どれ、シンを起こしてしまわないように、そっと…)

「うぅん…アスランさぁん…」

「何だ?また寝言か?」

「アスランさん…ごめん…」

「ん?…何が?」

「…アスランさぁん…ホントに、ごめん…オレ…」

(何だ?今まで対立しまくっていたことにでも謝ろうというのか?)

「オレ、キラさんと結婚しまぁす…えへへへへへ…」

「何が『えへへへ』だか。まったく、どいつもこいつも、だな。しかし……うぅむ……何だか、妙に返事のタイミングがいいように思えるが、一応、これはお前の寝言として、聞かなかったことにしておくからな…」




ようやく長い一日が終わった、アスランさんとシン君の同居生活。
こうして観察していると、お互い必要のないところで遠慮し合っているだけのようにも
見えますが、果たして、その遠慮が取り払われるときは来るのでしょうか…?

 

CASTER, 2006


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