隊長と俺
〜その7・アンタの思考がズレている〜


 

キラさんが引越祝いに贈ってくれた『バーチャルシアターマシン』のせいで、一時的に
大混乱してしまったアスランさんとシン君。

一言文句を言うために、アスランさんは勤め帰りにORB公邸へと立ち寄ってみることにしました。




「こんばんは。キラはいるか?」
(まったく、何て物を贈ってきたんだアイツは…昔からオタクの気はあったけれども、こんなことをやられては、さすがの俺も怒るぞ…キラを怒鳴りつけるのは何年ぶりかな?まぁ、俺が怒鳴ったところでアイツに効き目があるのかどうかはわからんが、ケジメはつけておかんと…)


勢い込んで公邸を訪ねたアスランさんではあったのですが…




「やぁ、アスラン。こんばんは。どうしたの、突然?ていうか、何だか目が吊り上がってるみたいだけど?」

「何が突然だ何が…お前、俺たちの引越祝いに何を寄こした?まったく…おかけで大混乱だったのだからな」

「あ、見てくれちゃったんだね、バーチャルシアター。どうだった?結構リアルだったでしょ」

「何がリアルだ…まったく、俺をコーフンさせてどうする…いや違った、俺はともかく、シンに何を見せた?微妙な時期にとんでもないモノを見せたんじゃないだろうな?」

「あぁ、あの機械はね…誰が見てるか、その人がどのような精神状態にあるかをきちんと判断して、的確なビデオを流すようになってるんだけどさ、アスランにはやっぱり、キミの本能を目覚めさせるビデオが流れたんだねー」

「何だと!?」

「それから、シン君は…大混乱しちゃったってことは、多分、ドキュメンタリービデオが流れたと思うよ?戦ってるデスティニーのコクピット映像…」

「おい、お前…今何て言った?」

「だから、デスティニーのコクピット映像。戦ってる相手は…キミだよ」

「お前…やっていいことと悪いことがあるだろうが…」

「そうかなぁ?逆療法だよ。思い出してはいけないことを思い出して、それを乗り越えられるようになれば、彼だって一人前だと思うよ」

「うぅむ…まぁ、それはそうかもしれんが…しかし…」

「で、シン君はどうだった?やっぱり、もう一度キミを敵だと思って嫌いになった?」

「いや、それはなかった…俺のことを、死んじゃイヤだとか言って…抱きついてきた…それだけではなく、いきなり唇まで奪われた」

「フフ…そうなんだ。彼も、変わったね…でも」




「何だよ?」

「シン君にアスランを取られちゃうの、ちょっと悔しいかなぁ…なんて…」

「ば、馬鹿者…キラ…何をわけのわからんことを…んんっ?」

「くちゅっ…ねぇ、アスラン…僕のビデオを見て、どれくらいコーフンしてくれた?抜けるくらいにエッチだった?僕を抱きたくなった?それとも…」

「んんっ…はぁっ…そんなこと、ここで言えるか…」
(あぁ、この唇の感触だよ。俺は、この感触に惑わされ続けて…くそっ…しかし、今はいかん。己の私利私欲に惑わされていてはいかん…)


結局、口から出まかせのキラさんに、上手く丸めこまれてしまったアスランさん。

『キラパワー』はいつまで経っても健在のようです。




「やぁ、カガリ。こんばんは」
(せっかく公邸まで足を運んだんだ。シンの処遇の件でもさり気なく話しておくか…)

「何だ、アスランじゃないか。来てたのか」

「フフ…相変わらず仕事に熱中すると、周囲が見えなくなるな、君は」

「うん。ウチのどうしようもない弟のおかげで、私が色々と片づけなきゃならないし。国のトップも、楽じゃないよ」

「そうか。役に立てなくて悪いな」

「おい!べ、別に、アスランが謝るべきことでは無いだろう?これは、ウチの家族の問題で…」

「あ…そうだな…」

「お前も、相変わらずだなぁ…あははは」

「うむ…ところでなぁ、カガリ?」

「何だよ、改まって?お前らしくないなぁ」

「シンの、処遇のことなんだが…ルナマリアも比較的に早くZAFTへの復帰が決まって、今ではほぼ普通に仕事をしているだろう?まぁ、確かにシンの方が精神的に脆い部分があるってのはわかっているけれども、そろそろ、アイツも…」

「あぁ、お前のところの赤目君かぁ。うん…そうだよなぁ」

「それで、できればお前の力で、アイツを俺の部下にでもしてくれたら、俺もだいぶ楽になれるかな、とかさ…」

「うん…でも、すまん、アスラン。私は人事権を持ってなくて…」

「そうなのか?」

「キラに一任しちゃってるんだよ。『カガリは横やりが入るとすぐに折れちゃうからダメ!』とか言われてさ…」

「ま、またキラか!!」


自分の気づかないうちに、自分の周囲のどこかで、どす黒い陰謀が渦巻いているのではないかと、まるでどこかの引きこもりマンガの主人公のように、疑心暗鬼に陥ってしまうアスランさんでありました。



「おーい!アッスラーン!!」

「あ、キラが呼んでるみたいだぞ、アスラン?アイツも、今ではどういうわけかまたニート気味…いや、疑心暗鬼なところがあるから、私としてはお前を頼りにしてるんだ。頼むよアスラン」

「いや…あ、うん…」
(冗談じゃないぞまったく?どいつもこいつも…)




「ねぇ、アスラン?もう今夜は遅いから、泊まって行くでしょ?」

「いや、家もそんなに遠くないから帰るさ。まだ10時前だ…」

「えぇっ?泊まって行きなよ…久しぶりにアスランが来てくれたんだもの。今夜は…ね?抱いてくれるでしょ?」

「だ…お前、すぐ近くの部屋にカガリがいるだろうが?」

「カガリは仕事に没頭すると、周りが見えなくなっちゃうから平気だよ。多分、夜中に『あぁ、腹減った』って言い出すまではね…そんなことより僕、寂しかったんだよ。キミにちっとも逢えなくて…」

「あのなぁ、キラ?俺に逢えなくて寂しいのなら、職場へ来い。俺はいつでも仕事をしている。お前の分もだ」

「もう、そういうことじゃないんだよなぁ。アスランって、最近ホントにカタブツになっちゃって、つまんない…ね?アスラン、しよ?」

「お前こそ、ストレートに誘ってくるな…うっ…バーチャルシアターの映像を思い出してしまった…しかし、今は目の前にホンモノが…いやいやいや、いかんいかん!悪いが、俺は帰るぞ。晩メシを作ってやらねばならん」

「あ、そう。そうだよね…ふぅん………じゃ、准将命令で『今夜は公邸で非常待機』って言っても?」

「何っ!?命令か、それなら………いやいやいや、すまん。これは非常待機には当たらん。それじゃ、またな。おやすみ…」

「うん…また来てね…」

「だから、『また来てね』ではなく、お前が職場へ来い。じゃぁな」


ほんの少し後ろ髪を引かれる思いで、アスランさんは公邸を後にするのでした…






さて、一方のン君は、昼間に宅配便で届いた大きな荷物を前にして、
ずっと思案に耽っていました…




(オレ宛の大きな荷物が届いたと思ったら、何だこれ?…って、オレだってこれくらいは知ってるぞ。『ダッチワイフ』だ。要するに、男が寂しいときに遊ぶ疑似女ってことだよな。しかし、送り主が『ORB軍本部内アスラン・ザラ』、発送元が『ORB軍本部福利厚生課』って…そりゃ、軍隊ってのは今でもかなり男所帯だけどさ、こんなもんまで売ってるのかよ…でも、いったい何のつもりなんだあの人は?つーか、オレの気持ちをちっともわかってくれてねぇよ)


軍隊の福利厚生として大人のオモチャまで扱っているというのは、いかがなものか…しかし、人間の男としては、出すモノも出さなければ話になりませんから、生活が不規則になりやすい軍隊では、ある意味『必要なもの』であることには違いないのでしょう。








『オレの気持ちをわかってくれない』と愚痴ってみたものの、やはり、目の前の『オモチャ』から性的な刺激を受けてしまったシン君。

とりあえず、試しに使ってみることにしたのですが…


「んっ……よっ……んっ……」
(うをっ!結構、しっかり絡みついてきやがる…ずいぶん、リアルなのかな…って、あんましオレもよく知らないんだけどさ…でも…ちっともヨくねぇな…)

「んっ、んっ………だめだぁ、萎えた…ちぇっ、アスランさん…」


予想通りというか何というか、男性の機能を使いこなすことはできなかったようです…




「ただいま…あれ、シン?いないのか?」


ORB公邸から帰宅したアスランさん。
早速、風呂場に『オモチャ』が放り出されているのを見つけたのですが…


(お、届いていたのか…どうやら、使った形跡があるけれども、さすがに中まで確認するのは気が引けるな)


…何を確認したかったのでしょうか?


「アスランさん!」




「おう、シン。ただいま」

「アスランさん!何ですかこれ!?」

「ん?いやぁ…普段から堅いと言われているORB軍だけれども、ちゃんと軍隊の男共のことを考えて、こういうものも福利厚生の一環として購入できるから、お前も、その…いろいろ…なぁ?」

「アンタ、バッカじゃねぇの?」

「えっ?…いや、その…しかし、男たるもの…いろいろと…」

「何だよアンタ、オレのことちっともわかってくれてねぇじゃん!そりゃ、オレだって男だけど、こんなもので…チキショー!バカにすんな!!」

「あ…す、すまん…お前と暮らしてみて気づいたんだが、てっきり、かなり寂しいのかと…」

「そりゃ、寂しいってのは当たってるけどさぁ…そんな時に、アンタが…あぁっ!!アスランさんのバカ!鈍感!オレはもう寝る!!」

「あ…晩メシまだだろ…」

「そんなもん、いらねぇよ!!」


呆然としているアスランさんを尻目に、シン君はさっさとベッドに潜り込んでしまいました。




「何だよ、シンのヤツ…あれでも結構値段が高かったのに…ブツブツ…」


ひとり寂しく晩ごはんを摂ることになってしまったアスランさん。
シン君が怒り出してしまった理由が、本気でわかっていません。


(ま、確かに、いきなりダッチワイフを送りつけるのはまずかったか…キラのバーチャルシアターと同じかもしれんな。しかし、そこまで怒ることか?『アスランさんって、ホントにムッツリスケベだよなぁ』くらいは言ってくるんじゃないかと思ったが、まさか本気で怒り出すとは…やはり、誰かいい子を紹介してやらんといかんかなぁ…ルナマリアはどうなんだ?結構、イイ線行ってると聞いたことがあるが…)








いい子を紹介する必要は、まったくないわけですが…
わかってないのは、アスランさんだけのようです。

 

CASTER, 2006


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